ディー・クルー・テクノロジーズ Blog

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反射の周波数特性と波形

Sパラメータと反射

今回もSパラメータについてもう少し紹介したいと思います。

S11が入力側(左側)の反射量を示すなら、S22は出力側(右側)の反射量を示します。

そしてS21が入力から出力への(左から右への)電力伝達量を、S12は出力から入力への(右から左への)電力伝達量を示します。

図1

Sパラメータの中で先ず注目するのは、S21ではないでしょうか。

Sパラメータで、LSIの内部波形を推定できる

非測定物の周波数特性がどうなっているか、ピーキングは無いか? などを先ず確認する時に使います。そして次に注目するのがS11やS22ではないかと思います。 S11やS22に注目する理由は、実際に触ることが出来ないLSIの内部の波形を推定すること出来るからではないでしょうか。

図2

寄生素子の影響を特定する手助けとなるSパラメータ

例えば、実際の評価でなぜかエラーを発生してしまうLSIがあったとします。寄生素子の影響であることはなんとなくわかっているのですが、どう調べたら良いか分からないこともあると思います。そんな時、S11が原因究明の手助けになってくれます。

まずLSIの等価モデルを想定します。上の図の様に最も簡単なものを使い、インダクタL0はボンディングワイヤーを、コンデンサC0はPADと入力トランジスタの寄生容量を等価するものとします。

PAD容量や入力トランジスタの寄生容量はデバイスの特性なので、デザインマニュアルなどを参照すればある程度の数字を得ることができると思います。問題なのはインダクタで、ボンディングワイヤーの長さ(特にループになっている分)や、PKGの端子がどの程度のインダクタになっているかを知るには骨が折れます。

S11からエラー原因が特定されない

上の回路で、Cp=1pFとしてインダクタLpを変化(2n, 5n,10n,20nH)させたときのS11を計算した結果を下に示します。

図3

等価回路を良く見ると、L/Cの直列共振回路となっています。なので、共振周波数では整合抵抗R0に非常に低いインピーダンスが並列に入っている事に成ります。そのためS11は全反射(入力した電力の全てを反射する)し0dBを示す事に成ります。もし、実測したS11に全反射となる周波数があれば、その周波数を合わせるようにインダクタを計算して求めることが出来ます。 しかし、S11が全反射する周波数から寄生インダクタを求めても、なぜエラーが発生するかの説明は出来ません。そこで、等価回路のVout端子の周波数特性を確認してみます。

等価回路のVout端子の周波数特性を確認する

図4

S11の全反射する周波数で、ピーキングが発生していることが分かります。

入力波形にはリンギングが表れないことがある

このまま過渡解析をしてみると・・・

図5

大きなリンギングが発生して、エラーになっていることが分かります。更に厄介なことはLSIの入力波形を見ると分かります。

図6

LSIの入力波形には大きなリンギングは現れていません!

つまり、このLSIを評価するときに、LSIの端子Vinをプローブで観測しても上の図の様に“少しリンギングが有るけど、エラーするほどではないので、入力部には問題はない”と済ましてしまうと、永遠にエラーするなぞが分からないままになってしまいます。

入力部とSパラメータの測定結果比較が重要

簡易的でも、入力部の等価モデルとS11の測定結果を比較することで、実測できない内部の波形を推定することが出来ます。 ところで、LVDSなどの高速インターフェースでは整合抵抗をLSIの中に搭載することが一般的です。上の回路例では、整合抵抗R0はLSIの外部に実装していますがこれをLSI内に移動した場合の効果はと言うと・・・

図7
図8
図9

その効果が圧倒的なのは波形(図5が外部整合、図9が内部整合)を見れば一目瞭然です。

整合抵抗(終端抵抗)は偉い

インピーダンス整合用の抵抗R0は、終端抵抗とも呼びます。そこ場所で今までの伝送路が終わるのでこの名前なのだと思うのですが、やはり終端抵抗は最後につけないとその効果が出ないと言うことだといってしまえばそうなのですが・・・寄生容量やインダクタや伝送路のミスマッチ、歪を全て背負って、終端する抵抗って偉いと思うのです。

次回はこのSパラメータと他のパラメータの関係について紹介していきたいと思います。


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反射を使って何かを調べると言うと・・・TDRという測定方法があるのをご存知ですか?

“TDR”をGoogleで検索すると・・・ホテルご予約の案内。東京ディズニーリゾート・・・の略でもあるのですが(汗) ここではTime Domain Reflectometry の略です。

TDRという測定法

直訳すれば「時間軸の反射測定」となります。今まで反射の波形を時間軸で説明してきたのに何をいまさらと思われるかも知れませんが、この測定はSパラメータと同じく反射を測定する方法のひとつで、反射がどこで発生しているか、その場所を突き止めることが出来ます。

昔の高価なオシロスコープにはTDR測定用の端子があって、ここに同軸ケーブルを経由して評価ボードを接続します。そうすると評価ボード(非測定物)のどの辺りで反射が起きていて、しかもそれが特性インピーダンスより大きいのか小さいのかもわかってしまうと言う優れものです。

評価ボードのコネクタ部分が悪いのか、LSIの入力が駄目なのか、ストリップラインの曲がっている場所で反射してるのか をオシロスコープの波形を見ればすぐに分かり、しかも、指で触るとリアルタイムに波形が変化したので、非常に直感的で、まさに体で感じることが出来る優れた測定方法です。まだ駆出し頃、反射しているポイント指で探って、そこに指と同じ回路を追加して反射の影響を出来るだけ減らすことと格闘していました。

ちなみな私の人差し指の等価回路は、10pFと5.1Ωの直列でした。

TDRのメリット

インピーダンスの整合を調整する方法にはスミスチャートを使う方法(別の機会に紹介したいと思います)があります。しかしこの方法はRF回路などインピーダンスを整合させる周波数範囲が狭い場合には非常に有効ですが、NRZ信号などの様に信号成分が広帯域におよんでいて、広い周波数範囲でインピーダンス整合をとる場合には有効とは言えません。

その点、TDRは非常に広い周波数範囲でインピーダンスの整合を調整するのに都合の良い測定方法です。

反射波を用いたTDRの測定原理とは

TDRの測定原理は非常に簡単です。非測定物(なぞのモジュール)に向かって非常に立ち上がり時間の短いパルスを送出し、その反射波を観測するだけです。

図1

あるモジュールの端子に同軸ケーブルを接続してTDRを測定した結果、次の様な波形が出てきたとします。

図2

つまり、V(vs):青の信号を送信した結果、信号源のインピーダンス整合をする抵抗RsにV(vin):緑の波形が現れたとします。実はこの波形から色んなことがわかるのです。

TDR測定で分かること

  1. 波形の落ち着いた場所が中心(0.5V)から少し上にずれている。
    これは、終端抵抗が信号源インピーダンスから少し大きめになっていることを意味します。長い時間その値を保っていられるのは直流に近い成分であることを意味しているので、直流結合で接続されている終端抵抗が50Ωより10%ほど大きめになっていることが分かります。LSI内に終端抵抗を実装した場合は有りうることです。

  2. 終端される前に一旦、電圧が低くなっています。短い時間だけ、つまり高周波でインピーダンスが低くなると言うことは・・・信号線とGNDの間にコンデンサが入っていることを意味します。つまり、終端抵抗と並列にコンデンサが付いていることが分かります。

  3. 少し手前に来ると、インピーダンスが高くなっている部分があります。短い時間だけ、つまり、高周波だけインピーダンスが高くなると言うことは・・・信号に直列にインダクタが入っている事に成ります。原因はモジュールを空けないと分かりませんが、信号の接続VIAかもしれません。

  4. 更に手前に戻って来ると、再びインピーダンスが低くなっている場所があります。ここにも信号とGND間にコンデンサが入っていることが分かります。この部分はモジュールの入り口なので、コネクタと接続するためにボードのパターンが太くなっているのかもしれません。

  5. インピーダンスがずれている間の時間がおよそ1.4nsecで、2箇所が同じ位の間隔になっていることが分かります。もし、モジュール内のボードがFR-4(ガラスエポキシ基板の代表的な例)で作られているとすれば、伝播遅延時間は70psec/cmなので、1.4nsecは20cmで作られる事に成ります。反射波は行って帰ってきていますので、ボード上では約10cmの距離に換算できます。

ブラックボックスを開封せずに波形で推定する

TDR測定の結果と答え合わせ

なぞのモジュールを開けた結果は次の通りです。

図3

ほぼ、波形から推定した結果を同じ回路となっていることが分かります。

なおTDRの更に詳しくは、下記を参照してください。

https://literature.cdn.keysight.com/litweb/pdf/5989-4149JAJP.pdf

TDR測定は、中を触ることの出来ない回路(例えば、モジュールやLSIなど)のインピーダンス整合がどこでずれているかを外部から知ることが出来るので、非常に重宝な測定方法です。

超音波も反射波を用いた測定法の1種

反射波を使った方法は他にもあり、超音波を発射して、反射波を解析することで反射を起こした物体の状態(硬さなど)や距離を求めて映像にする超音波診断装置は、良い代表例だと思います。

超音波
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%85%E9%9F%B3%E6%B3%A2%E6%A4%9C%E6%9F%BB

ここまで書いて、イルカは超音波診断装置を何万年も前から使っていたのだと、気が付きました(汗)

光を捉えると言う点では人も目も優れていて、ろうそくの光でも夏の海岸でも本が読めます。

しかし、自然に入ってくる光(情報)を見るだけではなく、自ら音波(言葉や行動)を発して、その反射(対話)を感じることで、目では見えない相手の内側や本質や大切なものが見えてくるのだ と教えられた気がしています。


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前回までは“反射”がどの様に波形に影響を与えるか過渡解析を使って説明をしてきました。今回は小信号解析(AC解析)も使ってもう少し反射について説明したいと思います。

過渡解析を使わず、AC解析を用いる

線形解析ができるのか確認

“反射”と言うと進行する波と反射する波があり、それらが重なり合うので、なんとなく線形解析が出来ないような気がするのですが、どうなるか確認してみたいと思います。

図1

前回使った回路を図 1に示します。信号源インピーダンスRs=40Ω(多重反射を意図的に発生させます)で、終端側の抵抗Rtm=50G(Open)、寄生容量C0=10pFとしています。また、各伝送路超は50cmとしていますので、全部で2mの長さになります。電圧源V0を信号源として、Voutまでの周波数特性を計算した結果を次に示します。

図2

17MHz辺りでピーキングが発生して、それが繰り返されているように見えます。

横軸をリニアに変更した結果を下に示しました。

図3

横軸をリニアにすると、同じ形の繰り返しになっていることがよく分かります。周波数は35MHzで形も正弦波のように見えます。

横軸が時間であれば、よくある波形なのですが、このグラフの横軸は周波数です。

周波数特性を知る

あまり見ない形になっているので、これで良いのか少し不安では有りますが、気にせず先に行こうと思います。

先ずは35MHzと言う数字はどこから来ているのか考えてみることにします。 35MHzの一周期は・・・ です。

伝送路の長さは50cm×4=200cm。伝送路の計算に用いている遅延は70psec/cmとしています(普通のFR-4はこのくらいの遅延になります)。 なので、信号の遅延量は、70ps×200cm=14nsecとなります。14nsecと言うことは の信号ならちょうど一周期分がぴったり伝送路に入ります。

と成ると、 周期では35.7MHzと成り、周期では17.9MHzと成ります。

図4
図5

周波数特性でピークと成る周波数は伝送路の中に入れると、“腹”が反対側に表れ、反対に谷となる周波数は、“節”が伝送路の反対側に現れる法則があるようです。 ときどき“反射の影響が出るのはどのくらいの周波数からか?”と聞かれることがあるのですが“伝送路長が 波長になる周波数からかな”と、答えていました。

が図5を見ると、 “伝送路長が 波長になる周波数から。場合に依っては 波長から”と答えないといけなかった事が分かってしまいました(大汗)

例えば、10cmのストリップラインをFR-4基板に引いたときは・・・

この周波数あたりから利得特性に盛り上がりが現れ、358MHzではピークとなるので、180MHz辺りの周波数では波形に影響が出てくると考えるべきです。

試しに反射を線形解析で解いてみる

ところで、周波数特性が分かっていると言うことは、逆フーリエ変換すれば時間軸波形を求めることが出来るかもしれません。“反射”は周波数特性やフーリエ変換と言った線形解析では解けないというイメージがあるのですが、試してみたいと思います。

入力波形

図6

この波形をフーリエ変換すると下記のような周波数成分に分解できます。

図7

この各周波数成分に下の周波数特性を掛け算して・・・

伝送路の周波数特性

図8

その結果を逆フーリエ変換すると・・・下のような波形になります。

逆フーリエ変換による波形出力

出力波形

図9

過渡解析と逆フーリエ変換による波形の違い

同じ事を過渡解析で計算してみると、

図10

と成って、ほぼ同じ波形を得ることができました。注目すべきは、1個目のパルスです。

周波数特性+逆フーリエ変換を使った結果では1個目のパルスから歪んでいますが、過渡解析は最初のパルスは歪んでいません。どちらの結果を信じれば良いのでしょうか。

ひずみが発生する原因は多重反射です。パルスが伝送路内に入ってまだ時間が経過してない間は多重反射が起きていない(反射がまだ発生していない)ので、最初のパルスは歪まずに到達できるのです。この辺まで計算してくれる過渡解析の方がより現実に近い計算結果を示していると言えます。

しかし、過渡解析には時間がかかります。伝送路が複雑になると指数関数的に計算時間が増えていきます。反面、周波数特性(AC解析)+逆フーリエ変換は伝送路の複雑でも殆ど計算時間は変わらないです。最初のパルスを無視すれば、十分使えるのではないかと思います。

今回は“反射”を過渡解析を使わないで計算する方法を紹介しました。

次回は、反射+線形解析となると避けては通れないSパラメータに触れたいと思います。